今回のコラムは年金初心者・年金実務者向けの内容です。
ここだけの話、今回はこんな話です
毎月多くの障害年金の相談を受ける中で、このような「遡及請求」に関するものを受けることがあります。
メモ
「遡及請求」とは5年以上過去に遡って障害年金の請求をすることをいいます。請求が認められた場合、直近5年分をまとめて受けとれます。
この「遡及請求」ですが、制度について誤解していると感じることがあります。
確かに「うつ病」は、障害年金の対象となる病状であり、5年分の障害年金が認められることもあります。
反対に、認められないこともあるわけです。
ところが、
障害年金は、どのような場合でも、その権利が認められたら5年分が支給されると思っている方がいます。
相談者が障害年金の情報を色々な所から収集するなかで、一部の情報のみをもって、誤解しているのでは?と感じます。
今回は「遡及請求」に関する相談者の誤解と手続きの難しさについて、まとめてみます。
ここだけの話、こんな症状・こんな事例です
「障害年金=5年分」という誤解とは
最近は、障害年金について、書籍はもちろん、インターネットやYouTubeでも解説しているものを多く見られるようになりました。
「障害年金=5年」と思っている相談者に確認すると、それらネットの情報源が多いです。
書籍とちがい、ネットの情報源では、断片的な情報から誤解を生みやすいと感じます。
例えば、
当社で遡及請求が認められた事例で、300万円以上になったこともあります。
このように、高額な支給額が特に印象に残り、これが誤解を生む原因かもしれません。
当社でも、可能性があるのでしたら積極的に5年分の障害年金を請求できるようにしています。
ではここで、
障害年金を5年分受給できる条件を確認してみましょう。
障害年金を受給する要件は、「初診日要件」、「保険料納付要件」、「障害認定日要件」の3つ。
これらの詳しいことは以前のコラムを参考にしてください。
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私たちが障害年金受給の”成功率”を考えないたった1つのワケ|みんなのねんきん社労士法人
ここだけの話、今回はこんな話です 今回も相談業務でよく質問されることを書いてみたいと思います。 障害年金の受給を真剣に考えていらっしゃる方ほど、情報収集に熱心になっているようです。 インターネット上で ...
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3つの要件を満たしていると、障害年金は、障害認定日の翌月分から受け取る権利が生じます。
つまり、5年分の障害年金を受給するためには、3つの要件を満たしている事実が5年以上前にあることが前提となります。
更には、その当時に障害年金手続きをしていないことも必要です。
ですので、「最近、うつ病と診断された」という場合はもちろんのこと、「通院して3年くらい」という場合も5年分の障害年金は、受給できません。
すべての場合で5年遡及できるわけではないことは、ここからもご理解いただけると思います。
5年の時効とはどういうこと?
さて、
国民年金法や厚生年金法の規定では、障害年金を受け取る権利が生じたら、5年を経過すると時効で消滅することになっています。
すると、障害年金の3つの要件を5年以上前に満たしていた場合は時効消滅により請求できません。
つまり、原則の法律のルールからすれば、5年経過してしまえば、障害年金の請求すらできないことになります。
しかし、
やむを得ない事情( 障害年金を請求できることを知らなかった・障害年金の制度を理解していなかなったなど)により5年内に請求をすることができないケースもあるでしょう。すべての人が障害年金に詳しいわけではないですし。
そこで、
日本年金機構では、書面を提出してもらうことにより、障害年金の受け取る権利を時効消滅させない取扱いを行っています。この取り扱いにより障害認定日が何年前にあっても遡及請求が可能になります。
メモ
年金法には時効の規定がありますが、時効の効果を生じさせるためには「援用(えんよう)」が必要となります。援用は「時効の効果を発生させてほしい」と意思表示することで、この援用がないと時効の効果が生じないのが法律のルールです。日本年金機構は時効の援用をしないことで、「あなたの障害年金の請求は時効によって権利が無いのだ!」とは主張しない実務の扱いをしているのです。
とすれば、「5年分」は、どこからきているのでしょうか?
それは、支分権(しぶんけん)の時効からきています。
では、支分権ってなんでしょう?
ここで、
障害年金が認められると、偶数月(2月、4月、6月、8月、10月、12月)が支払期となり、前月分までの2か月分が支給されます。
例えば、4月の支払期には「2月分・3月分」という内訳となります。
その支払期ごとに発生する年金を受け取る権利を支分権といいます。
メモ
基本的な権利が生じることで、そこから分かれて生じた権利が支分権です。障害年金の受給権自体が基本権であり、そこから各支払期に受け取る権利が支分権ということになります。
この支払期ごとに発生する支分権は、5年で時効消滅することになっています。
ちなみに、このルールは年金法のルールではないので、日本年金機構は時効の援用をどうこうすることはできないのです。
まとめると、
障害年金のそもそもの受給権自体は、日本年金機構の実務の取り扱いで何年前に発生したものでも請求OKですが、そこから派生した各期の年金額を受け取る権利は、時効によって直近5年以内でなければダメということになります。
ここだけの話、何が問題なのか
さて、
障害年金の5年がわかったところで、別に大きな問題があります。
それは、5年以上前の遡及請求の難易度の高さです。
5年分の障害年金を受給するためには、障害年金を受け取る権利が過去からあることを証明しなければなりません。
この時、「初診日要件」、「保険料納付要件」が問題になることは実はあまりありません。
特に問題になるのは、5年以上前の「障害認定日要件」が証明できるかです。
障害認定日要件とは
障害認定日(初診日から1年6カ月経った日または、その期間内に症状が固定された日)に法律で定められた障害状態であること
5年以上前の障害認定日に障害状態だったかどうかは、それを証明する診断書が必要です。
そこでまず、問題になるのが、診断書を書くための診療録(カルテ)が保存されているか?ということ。
カルテの保存期間は5年間と義務付けられています(保険医療機関及び保険医療担当規則第9条)。
いつから5年かというと、担当規則第9条では、患者の診療録にあっては、”その完結の日から五年間とする” とされています。
診療日から5年ではなく、「完結の日」から5年間です。
実は「完結の日」は決まった定義はないので、その医療機関を受診しなくなった日と理解して良いです。
つまり、病気の期間が長く、転院を繰り返しているようなケースでは、「完結の日=受診しなくなった日」から5年以上経ってしまっていることがあり、カルテの保存が問題になるわけです。
次に問題になるのが、カルテの内容です。
カルテが残っていたとしても、障害年金の診断書に必要な情報が記されているとは限りません。
診断書を依頼すると文書代金がかかります。
カルテの内容から、症状が軽く、認められる可能性が低いのであれば、請求自体を行うか否か検討が必要。
場合によっては請求を諦めることもあり得ます。
さらに、過去の事象について情報収集ができるか?も問題になります。
一般的に過去の状況の客観的な情報を集めることは難しいと想像できるでしょう。
「客観的な情報」ですので、その書類や資料が時間が経って紛失や処分されていることが多くあり、うまく収集できなくなります。
すると、医師への情報提供が十分にできず、診断書の内容が不十分なものとなってしまうこともあります。
そして最後に、苦労して請求書を提出しても、今度は日本年金機構の審査の段階で、これまでの就労状況や通院歴などが問題になることがあり、期待する結果に至らないこともあり得ます。
このように、遡及請求はいくつものハードルを乗り越える必要があり、障害年金の専門家であっても、その手続は簡単ではないのです。
ここだけの話、みんなのねんきんではこう対応する
このように困難が予想される遡及請求ですが、当社では最初の相談・カウンセリング時に、病気の経歴などを丁寧にヒアリングし、その中で、遡及請求の可能性も確認します。
「難しそうだから門前払いする」というスタンスではありません。
そして、遡及請求の可能性があったとしても、上記の理由等で障害認定日時点の障害状態の証明が難しそうな場合は、現在の症状による請求(事後重症請求)を先に行っていきます。
メモ
事後重症請求は、過去に遡らない請求方法で、現在の症状をベースにしてこれからの障害年金を受け取るための請求手段です。
相談される多くの皆様は「今の症状で、将来が不安」な方ばかり。
情報収集や診断書を取得するまでに時間がかかる遡及請求よりも、事後重症請求を先に行うことで、「今」の辛い状況を早期に解消することを優先します。
これが当社の方針です。
そして、事後重症請求が認められ、障害年金が受給されることになったら、遡及請求を考えます。実は後からでも遡及請求を行うことができるのです。
これなら、障害年金の権利は既に確定していますので、相談者にも安心してもらえます。
遡及請求は、一度しかできません。
ですので、時間がかかってもできるだけ情報を集めてから行うようにしています。
このようにして、当社では、相談者の今の不安に寄り添って、ベストな方法を模索しています。
ここだけの話、今回のまとめです
今回は、「障害年金は、5年分貰えますよね」という事例をコラムにしてみました。
確かに5年分の障害年金が認められれば、その支給される金額は高額ですので、数字だけが独り歩きしやすいのは当然です。
しかし、実際の手続きは簡単ではありません。
ポイントは以下の点です。
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障害年金の権利自体は時効消滅させない取扱いとなっている
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障害年金の各支払期の年金の受け取りは5年の時効となっている
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5年分の障害年金のためには、障害認定日が5年以上前にあることが必要
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遡及請求は客観的な情報収集が困難となり手続きの難易度が高い
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相談者の不安に寄り添って、ベストな方法を模索するのがみんなのねんきんのスタンス
病気が長期に渡っている場合、遡及請求の可能性を探るのですが、相談内容は千差万別なので決まった正解はありません。
遡及請求の金額を重視しすぎて、事後重症請求が遅くなることもあります。
状況によって最初に決めた方針を変えることもしょっちゅうです。
遡及請求、事後重症請求のどちらも認められない最悪の事態になってしまうことだけは避けたいところです。
何を優先すべきか、不利益にならないためにはどうしたらいいか、私はプロとして常にベストな方法を意識しています。
今回のコラムで5年時効の意味、遡及請求の難しさをご理解いただけたなら幸いです。
岡田真樹
みんなのねんきん社労士法人代表